Adventures in Wonderland
ワタシヲオノミ

10.02.2012@

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

(0) cmts.  (0) tbks.  -

04.26.2010@21:20

オフィーリアの狂気

日本のオフィーリア好きは、やっぱり夏目漱石が根付かせたのかな。それともランボーの詩を訳した中原中也だろうか。

ミレイの描いた「オフィーリア」に群がる人々はみんな同じことをいう。

「美しい花」
「美しいオフィーリア」

これが常識なんだろうか、と思っていたら、よかった、よかった。やっぱり「美のオフィーリア賛歌」じゃないよ、とあった。





Mary Catherine Bolton as Ophelia 1813このオフィーリアに扮した人は英国の女優で、メアリ・キャサリン・ボルトン。

このタイトルも「オフィーリアのメアリ・キャサリン・ボルトン」(1813年)です。

白いドレスに花篭を持っている。

結局は女優の肖像画だから、「狂気」と「水」の気配はないものの、「花の女神フローラ」っぽい。

この記事にあるのです。
「オフィーリア 水の精 花の女神」

それで「美のオフィーリア賛歌」じゃないっていうのが
オフィーリア  Ophelia」

引用させていただくと
「わたしは溺死という悲劇的な醜さの手前にいる「儚い美しさ」(ヴァニタス)を描いたのだと思います。

(略)

ミレイに限らず、画家たちは「オフィーリアの美」を賛美しているのではなく、「女性を象徴する水死のイメージ」を賛美し、「女性の狂気の無邪気さと怪しさ」を賛美し、「女性を象徴する生殖と性愛」の対象として賛美していたのでしょう。」

あぁ、そうかって喜んじゃいました。






ワタシの感性が非常識なのかって思っていたけれど、オフィーリアはミレイに限らず、あまり心地よい気がしない。

たとえば部屋に飾ってみたいものかというとNO!

好きなものは、手に入れたいと思いませんか?ところがこの「オフィーリア」は、ポストカードさえも欲しくない。

特にミレイのオフィーリア。処女の少女が処女のままの姿で亡くなっていくいわゆる原罪のないこのオフィーリアが、性愛に目覚めた特有の少女の顔つき。

わたしも一人子供(息子ですが)を育てて、息子の幼稚園からいっしょだったご近所のお嬢さんたちを見かけ、思わずゾッとするのは、性愛に目覚めた顔つき、そして性愛を知った顔つきに変わってしまったあの表情。

実は女の子のママって気が付かない。男の子のママに気が付く人が多い。ママと娘は同性同士だからでしょうか?


 




これはイギリスの版画の1枚。一瞬美しくみえるけれど、なんだか妖しさと潜んだ狂気がみえる感じ。「オフィーリア 水の精 花の女神」で、オフィーリア・コンプレックス(女性の狂気)やオフェリア幻想(水と女性の死)を知ったけれど、19世紀は失恋した女性(傷物扱いの女性)が水死を選んだようです。

溺死は「どざえもん」といって、ひどく膨らむ。

「−(略)−渾身暴皮ふとりたるを土左衞門(力士の名)の如しと戲(たわむ)ゐひしがつひに方言となりしと云」

ランボーの詩を中也が訳した「オフェリア」を、こちらのブログで記事にしています。

「モダンヌ・オフィーリア ランボーのオフェリア」

ここで訳されたなかに
「蒼白のオフェリア漂ふ、大百合か、」
「雪の如くも美しい、おゝ蒼ざめたオフェリアよ、」
「眞っ白白のオフェリアが、大きな百合かと漂つてゐたと。」

これって水に浮いた水死体のことを力士の成瀬川土左衛門にたとえた「どざえもん」を強調している気がする。

「体が膨れ上がって真っ白に見えることがある」という水死体。「どざえもん」では可哀想だから、中也は「大百合」にしたんだと思う。


 



ロセッティ 「ハムレットとオフィーリア」 1858年


オフィーリアはとても冷酷な態度でハムレットに手紙を返します。ハムレットの困惑した顔。ロセッティの版画。

祈祷書を手に、手紙を返すオフィーリアの名場面のお話しはこちら。

シェイクスピア「ハムレット」から 愛しのオフィーリア

ロセッティの妻エリザベス・シダルは、ミレイの「オフィーリア」のモデルですが、謎の死を遂げています。

このミレイのオフィーリアにインスピレーションを受けた音楽っていうのもあったんだ。

ミレイ オフィーリアの音楽

この謎の死に、ダンテ・ガブリエル・ロセッティは、「神曲」で有名なダンテの恋人ベアトリーチェをエリザベスに重ねて思い出を作品にしています。

こちらの記事にはロセッティのベアトリーチェがある!しかも祭壇画のようにプレデッラ部分があったんだ!

ダンテの神曲 地獄編トピック

このロセッティの作品からわかるように、このオフィーリアはハムレットを見捨てた場面。いつの間に、日本では「オフィーリアが見捨てられて」に変わったのかな?

記事「オフィーリア Ophelia」でも、ここからリンクされている記事には、「オフィーリアが見捨てた」とあります。

ところが、次の場面のハムレットの劇中劇のシーンではハムレットがオフィーリアの横で観劇している。




The Play Szene in Hamlet Abbey Edwin Austin

ハムレットの劇中劇の場面 エドウィン・オースティン・アビー


こちらの記事「詩は有声の絵、絵画は無声の詩 ハムレットから」にダニエル・マクリース(Daniel Maclise)の描いたハムレットの劇中劇の作品が掲載されています。その作品は劇中劇で役者が演じているところまで描かれています。

膝の近くまで頭を寄せて、手紙を返したオフィーリアはそんなことも忘れているかのように。

しかも空々しい表情は、何を考えているんだろうと思わせる。

ダニエル・マクリースの描いた劇中劇のオフィーリアは、どちらかというと穏やかにハムレットをみていた気がします。

ハムレットは気が狂ったふりをしますが、結局は死んでいく。オフィーリアは本当に気が狂って死んでいく。

ハムレットは母親、オフィーリアは父親、それぞれ異性の親が絡んだ心の悩み。記事「オフィーリア Ophelia」ではエディプス・コンプレックスだとあったが、そうかもしれない。

そして二人はそれぞれ男と女の死に方にふさわしく亡くなっていく。ハムレットは剣で、オフィーリアは水で。

(0) cmts.  (3) tbks.  文学

10.02.2012@

スポンサーサイト
(0) cmts.  (0) tbks.  -

TRACKBACKS

TRACKBACK FOR THIS ENTRY
オフィーリア  Ophelia » 04.26.2010 @ 9:42 PM
ロマンティック・バレエの素材にもなるシェークスピアですが、ハムレット、ロミオとジュリエットなど「シェークスピア・バレエ」と呼ばれています。アレッサンドラ・フェリのジュリエットは見事です。同性ながら惚れ惚れ。詩は有声の絵、絵画は無声の詩と言われるように
ミレイ 「オフィーリア」の音楽 » 04.26.2010 @ 10:28 PM
. ジャレッド・ジョスリン(Jared Joslin )の「夢見るオフィーリア(
狂ひ女 オフィーリア » 04.26.2010 @ 11:12 PM
オフィーリアドメニコ・トジェッティ &ジェイムズ・ベルトラン オフィーリアを4年

TRACKBACKS

TRACKBACK URL FOR THIS ENTRY
http://poison-die.jugem.jp/trackback/45

01
02
03
04
05
00